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憂き身を窶す丑三つ時//面白い夢を見たときは、忘れないようにしたいものです
2005/06/13 (Mon) エスケープ

柔軟というものを始めてから、彼是一ヶ月くらいになるだろうか。このブログ、僕の精神活動の総体、肉体運動の集約たらしめる、を始めるちょっと前からであるからきっとそうだろう。

途中疫病や怠惰、忙殺といった諸々の事情で出来ないこともあったが、我ながら良く続いていると感じている。一つも面白くないこの柔軟が、どうしてこんなに続いているのか僕は不思議でならない。何か考え事をしながら、例えば今僕があの子に告白したら、あの子はどう答えるだろか、その先に待っているのは幸福か破滅か、そんな妄想をしながらやろうとしても、『痛い、痛い・・』そんな股間節がわめきちらす悲鳴に邪魔されて集中できない。マルクスが唱えるように、人間とは生産活動、生産様式に立脚する生物であり、観念論なんて嘘っぱちなんだと、そんな気持ちにさせられる。

つまりは、この柔軟をすることによって僕はいつの間にかニュートラルから左翼的な思想へとブレインウォッシングされているようなところがあり、そういう自己の観念の軌跡が連なっていくところにこの柔軟運動の本質的な魅力があったのではなかろうかと現在ではとらえている。

しかしながら、実際に自己の肉体が柔軟になっているなと認識することは、鉄板の上で肉が焼き上がり、ほどよく脂が染み出ているのを目をこらして確認するような、そんな歓びを喚起する。

今日もいつもより上半身が下半身へと近づいた気が確かにした。

あーそうだ。今から心配なのは、もしも僕の体がもっと柔らかくなり、自分のチンコ、大江健三郎のいうところのセクスが、自分の口腔へと届くようになった時に、自分はその誘惑に勝てるだろうかということである。

このことに関する倫理的考察はいささか整理出来ていない。直感的には、駄目な気がするが、つきつめれて考えれば悪いことでも無い気もしてはいる。もし、このブログを読んでおられる方で氏の見解を有しておられる方は参考程度に一言いただきたいものである。

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