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憂き身を窶す丑三つ時//面白い夢を見たときは、忘れないようにしたいものです
2006/01/05 (Thu) 百代の過客

夕飯に5年ぶりくらいに見かけるものが出てきた。

ゆで卵の周りをメンチカツでくるんだような。

そんなに断面強調されても困るよ、気の利いたコメント思いつかないよ、っていうあれ。

名前が思い出せない。

何とか名前を思い出そうと、とりあえずじっと睨み付けてみる。古畑任三郎もトリックを明かそうと難しい顔をしている。

本来なら完全な球体であったろうものが弐分割された状態の物質が3個皿の上に並んでいる。つまり二分の三×球体としてあるわけである。残りの二分の一は何処にあるんだろう。

「ねえ、君ひょっとして」

何ていって、彷徨者がおもむろに着物の胸に手を差し込みそれを取り出しては僕のそれとぴったり断面をあわしてきて、一緒に何か生産的なことをする旅へとなるのだろうか。

全然思い出す作業に集中出来ないし、取っ掛かりが無い。

一つ食べようと思った。サクサクとした食感をリアルに感じることにより何か思い出すのではなかろうか、そんな期待を胸に。

美味しい。


その意外さでうろたえてしまい、記憶を辿るというような洗練された行為を忘れてしまった。こんな美味しいものをどうして僕は数年間おざなりにしていたのだろうか。憤りにも近い感情が溢れてきて僕は混乱した。

気を取り直して2個目に手をつけてみた。同じ轍は踏まない、そう強く念じて。

サク、ジュワ、プリ、ホロ

四重奏。どうしてクラシックという音楽が今もかつても人々の魂を打ち続けるのか少し理解できたような気がした。モーツァルト・・・バッハ・・・ゴッホ。そういやバッハとゴッホの違い結構大きくなるまで分からなかったんだよなあ。

はぁー、駄目だ。

諦めの気持ちをも抱えながら最後のやつに手を伸ばした。どうせ残しても明日の朝食わされるだけだし、こんなもん朝には食べたくないなあと思いながら。

もぐもぐ

母「あんたスコッチエッグそんなに好きだっけ」

思索の大洋を航海図も無く進んだことに意味はあったのだろうか。コロンブスだけが偉いとは僕は思っていない。




























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